1月23日

うえっ。
げほっ。


今日のわたしには近寄らない方がいい。
風邪がうつるから。
ついでに馬鹿もうつってしまうかもしれない。


 パソコンの前に座ってもいられない程具合が悪い。だから、横になってスマホで情報収集をするしか出来ない。
 どうしても気になったことがあるから一言だけ言わせて貰ったら今日はもう休もう。



久しぶりにいい話を聞いた。


 和の心をもってすれば、10の力を持つものがふたりいれば、ふたりの持つ力は合わせて20になるものではない。
10×10で、100の力にすることが出来るのだそうだ。
それがチームワークというものらしい。


うん。いい話だ。


うん?待てよ。


 1の力を持つものがふたりいれば合わせて2になるのではなく、1×1で1にしかならないじゃないか。


バカヤロー。


 結局は個人の努力が前提で1より大きな力をつけなきゃ、和はおろかチームワークの意味もないんだよ。


だから、わたしは中途半端なウンチク野郎が大嫌いなのだ。


1月22日


 今日は気分が悪い。なぜならまたパチンコで負けたから。1万4千円。
 前回の7万に比べれば全然かわいい金額だけど、やっぱりパチンコに金を奪われるというものは気分が悪い。7万負けたあの日、もうこんな不毛なことに金を使うのはやめようと誓ったはずなのに。


 今度こそ辞めようとは思うのだけれど正直自信がない。


 わたしがパチンコ屋に足を運んでしまうのにはふたつ理由がある。


 ひとつは勝ってしまったときのあの快感が頭から離れないからだ。いや、正確には勝ったときの記憶じゃない。勝っているときの記憶。ハンドルを握っているだけで、1つ4円もの玉がジャラジャラと台から溢れてくるときに感じるあの感覚が忘れられない。それさえ忘れられればパチンコ屋には行かないだろう。だって、負けて悔しい思いをする日の方がずっと多いのだから。だけど、5回負けても1回勝てれば気分的にはチャラになってしまう。5回分の悔しさを1回の勝ちが癒してくれるのだから。だから、パチンコ屋に行くときは今日は多少負けても仕方がないという気分にもなってしまう。5回に1回勝てればいいんだ。もとから条件は不利なのだ。だから負けても仕方がない。そう割り切って考えて行くくせに、少しの金額でも負けたら大きくへこんでしまう。
 なぜ、逆の発想にならないのだろう。どうせパチンコ屋に行っても勝てる確率は5分の1しかない。そんな分の悪い勝負ならしない方がましだ。そう思うことが出来るのならなんて楽だろう。そんな考えにはならないからパチンコ依存症者というものが後を絶たないのだ。
 多分パチンコ依存症者の頭の中はわたしと同じなのではないだろうか。今日こそは絶対に勝てる!と思い込んでいる人はいないと思う。もしかしたら勝てるかもしれないなあ、という淡い期待感こそが気持ちいいのだと思う。絶対勝てるという気持ちより、淡い期待感の方が心地良いのだ。


 もうひとつの理由。変わり映えのしない日常から抜け出したいのだ。一日でもいいから朝から晩までパチンコ屋でゆっくりすごしたい。毎日、朝から晩までパソコンの前に座って作業しているんだ。今日一日、いや半日でもいいからその作業から解放させてくれ。
 つまりわたしは逃げ場を求めてパチンコ屋に足を運んでいるのだ。朝早くに起きるわけでもなく、眠たい目をこすって通勤するわけでもないわたしは、他人からしてみれば自堕落な生活をしているのかもしれない。でも、いっぱいいっぱいなんだよ。これでもさ。土日があるけでもないから毎日同じことを同じ時間繰り返している。それって意外と大変なんだ。人との関わりも持たないんだから。現実逃避したくなるわたしの気分も分かってくれ。


 人は苦しみを忘れることが出来るから前に進めるという話を聞いたことがある。でも、わたしは苦しみを忘れてしまうから同じ過ちをなんども繰り返す。日常から逃げ出したいと思っているくせに、パチンコで負けるという日常を何度も繰り返す。


 実にわたしの脳は都合が悪く出来ている。もっと優秀な脳が欲しいのだが、その為には日常の積み重ねを繰り返していくしかないのだろう。天高く飛び出したいのに、出来ることと言えば湖の中で足をバタバタと動かすだけ。矛盾しているようにも思えるが、自分を変える為には仕方のないことなのだろう。


 いつの日か。パチンコを打って負けてもへこまない心を手に入れたい。昔とは違う胸を張って稼いだと言える余りある金を手に入れたい。
 みみっちかもしれないがそれがわたしの目先であって、永遠の目標だ。


1月21日


「出来た!」
 この間の相方と同じ様に大きな声を出してわたしは両腕を上げて大きな声を出した。


 長い時間がかかったが、ようやく「平成という時代を振り返る」ことが出来たのだ。
わたしなりに納得のいく文章が書けた。音楽という分野に視点を絞り込み、わたしというフィルターを通して平成という時代を語ることが出来たことは大きな満足感を与えてくれた。
 この文書はわたしでなくては書けないものだという自負もあった。平成という時代を見つめるのに、音楽というものに目を付けることが出来たのもわたしらしくていいと思った。
 あとは相方のチェックを受けるだけだ。


 書いたコラムをプリントアウトして相方に見てもらう。この瞬間はいつになっても緊張する。わたしが色々考えたことがよいか悪いか判断されるのだから。わたしが過ごしてきた数日がまともなものであったか、ろくでもないものだったかの審判が下される瞬間なのだから。


「うん。いいんじゃない。内容は面白いと思う。」
 この答えは相方が100%わたしの書いたものを認めていないときの言い方だ。内容はいい。では足りないものはなんなのだろう。
「それはお前が自分で考えな。そうでなければ意味がない。」
 相方はいつもそう答える。わたしに明確な道標というものを示してはくれない。


 だけど分かってんだ。わたしの書く文章には知識と表現力というものが大きく不足している。この日記についてもそうなんだ。
 なるべく丁寧に書くことは心がけているけど、読んだ人に刺激を与えるような立派なものは書けてはいない。
 それが、わたしと相方との大きな差なんだ。言葉にしてしまえば一言なんだけど、それを詰めるのには途轍もない努力と経験を重ねないといけないことは分かっている。


 今回の原稿は取り敢えずOKを貰うことが出来た。だけど、このまま相方との距離を縮められないのは悔しくて仕方がない。だからわたしは相方に頭を下げてお願いした。もう一本原稿を書かせてくれないかと。


 相方がわたしに任せてくれた原稿はまたタイトルの決められたものだった。
「モチベーションの保ち方。」
 これは偶然か、それとも運命なのか。モチベーションを保つ方法はわたし自身が一番身に付けなくてはならないことだ。わたしが真剣に考えなくてはならないことをそのまま記事にしなければならないのだ。


 葵ちゃんと自動車工場の経営をしていた頃にはモチベーションというものが途切れることはなかった。だけど、今のわたしは違う。どこか糸の切れた凧のように風の吹くままに流されてしまう傾向がある。なぜ、あの頃の自分にはハリがあって、今の自分にはそれがないのか。見つめ直すにはこれ以上のないいい機会ではないか。


 もう一度あの頃の様に自分で自分を褒めてやりたくなるような感覚を取り戻したい。今のわたしは相方がいなければただのクズなのだ。燃えないゴミなのだ。


 まずはせめて燃えるごみくらいにはなってやりたい。体はとてもくたびれているが、微かに気持ちだけは前を向いている。その小さな灯を消さないように今日からまた、小さな努力というものを積み重ねていかなければならない。



1月20日

 いよいよ本格的に「平成という時代を振り返る」というテーマのコラムに着手する。わたしは平成という時代に流行した音楽を振り返った記事を書くことにした。わたしなりにいい歌だなと思ったものはとても数が多いけど、その曲をリストアップしてみて感じたことがある。なんだか、人を応援する歌がとても多かったような気がするのだ。
 とても直接的な表現で人を応援するものもあれば、遠回しに自分を応援するものが流行ったのではないかと思う。
 相方が挙げた平成を代表するゴリラが歌う歌もそのひとつだろう。わたしの心の中にいつまでも残っている歌は「負けないで」というタイトルそのままの応援ソングが一番印象的だ。
 「世界にひとつだけの花」もその類だといえると思う。「LOVEマシーン」も同じだ。
どれも心に残っているし、セールスも半端じゃない。平成を代表する歌だといっても過言ではないだろう。


 もうひとつわたしが気が付いたのはプロデューサーブームというものだ。小室さんに始まり、つんくさん、奥田さんや秋元さんなどを代表とするプロデューサーが多くの人気楽曲を作りだした。彼らが平成という時代の音楽シーンを引き上げていったのは事実だろう。華原ちゃんや安室ちゃん、篠原さん。ハロプロ。PUFFY。そしてAKB。平成を代表する歌手のほとんどが優秀なプロデューサーに育てられたんだと思う。


 そしてもうひとつ平成の音楽シーンを語るうえで欠かせないのがV系というジャンルであるとわたしは思っている。X JAPANにGLAY、ラルクアンシエル。みんな最初は見た目のかっこよさとか美しさで注目を集めたのだとは思うけど、彼らは平成という時代の音楽を大きく変えた存在だと思う。歌だけではなく音楽そのものに大きな影響を与えたとわたしは思っている。V系が流行る前まではやはり歌というものに大衆の視線は集まっていた。いい歌イコールいい曲だった。だけど、V系の人達は曲のよさというもの、演奏のよさというものを私たちに教えてくれたのではないだろうか。
 それまで、ほとんど目立たなかったベーシストやドラマーというものに目を向けさせたのがV系の凄いところだと思っている。曲を聴くときにボーカリストの声だけを耳で追っていた大衆にベースやドラムのカッコよさを教えてくれたのはV系のバンドだったと思っている。


 わたしは実は邦楽より洋楽の方が好きだ。Limp BizkitとかLinkin Parkとか。歌のなんてどうでもいいと言ったら言い過ぎだけど、歌詞なんてどうでもいいんだ。曲が気持ちよければ。その気持ちよさを味あわせてくれるのは洋楽しかないと思っていた。だけど、そうじゃないよということを日本のV系が教えてくれたのだ。
 一度よく聞いてみて欲しい。歌じゃなくて曲を。
 わたしは4つ打ちのドラムが好きではないし、リズミカルなベースも好きではない。流れるようなドラムの上にメロディアスなベースが乗っかっているのが聞いていてとても気持ちがよい。


 あまり細かな音楽性にばかり触れても仕方がない。あくまでわたしが書かなきゃいけないのは「平成という時代」なのだから。


 平成という時代は音楽の価値観を大きく変えたと思っている。歌の時代は終わり、曲の時代に変わったのだ。わたしからすれば有難い変化なのだが、そのことをどうやって読者に伝えるか。
 わたしの文章力にかかっている。なるほど。これが心地のよいプレッシャーというものか。わたしの相方はいつもこの風を感じているのか。
 そう思うとやる気が出て来た。わたしの声を聞いてひとりでもいいから歌の時代から曲の時代に変わったのだということを知ってもらいたい。


 Youtubeで好きな曲を探してみたが、やはり歌は聞くことは出来てもいい曲は動画では聞き取れない。どうしても聞き直したい曲だけレンタルショップでCDを借りる為に新しいリストを作り直した。


1月19日

「ねえ。書き上がった小説読ませてよ。」
相方はなにも喋らずに書き上げた小説を開いてパソコンの前から離れた。


今回はどんな話に仕上がっているのだろう。
何度か今書いている小説はどんな内容なのか尋ねたことがあるが、相方はまともには答えてくれなかった。別に意地悪をしていたわけではないだろう。ただ、一生懸命にストーリーを考えて書いている段階だから断片的にしか説明出来なかったのだろう。


 相方は長編小説しか書かなかった。短編を書く才能がまだ花開いてなかったからだろう。
相方は去年の2月頃から仕事を辞めて小説作りに没頭していた。今回出来上がった作品で3作目になる。


 今回の話はいじめられっこの中学生の女の子が主人公であると以前に聞いたことがある。
9割がたはそのいじめられっこの女の子の視線で描いているが、残りの1割はいじめていた女の子の視線にたって描いたものだと言っていた。


 具体的なストーリーはなにも聞かされていなかった為、新鮮な気持ちで相方の文章を読むことが出来た。


 すげえな。素直にそう思った。いじめにあっている女の子の心情が凄くリアルに描かれている。その女の子があっているいじめというものも、とてもえげつない。だけど、女の子は挫折しない。立ち向かっていく姿勢があまりに力強くて泣けてくる。


 そして、エンディングがまた悲しくて美しい。


 正直言って、文章の描き方がとても美しいというわけではない。だけど、キャラクターの心理描写がめちゃくちゃ綺麗なのだ。


 一般受けするような文章なのかと聞かれればそうではないかもしれない。だけど、わたしは相方の描く文章が大好きだ。少し不思議でもあった。これだけわたしを感動させる文章が書くことが出来るのなら、もっと一般受けする文章も書けるのではないだろうかと。


「別に誰にでも受けるような文章が書きたいとは思っていないからな。オレとお前がいいものだと思えるものが創れれば今はそれでいい。」
 相方は異常なくらいに大衆の意見というものを意識しない。自分が納得出来ればそれでいいと考える。ただし、自分の価値観を一般の人の延長線上にあると信じている。今は受け入れられなくても10年、50年後に受け入れてもらえればそれでいいと考えている。だから自分の作品にいい評価してくれる人間には必ずこう言うのだ。
「お前の小説を読む視力はとても悪い。まともな視力があればオレの作品など評価出来るわけがない。」


 自分の進むべき道をはっきり持ってはいるが、それが一般人に受け入れられるものではないということをよく理解している。自分が時代の4,5歩先を行っていることもよく分かっているのだ。
 だから、自分が受け入れられる為にはいい作品を書くことではなく、大衆の視線を自分に集めることが重要であるということを分かっているのだ。


 いいよ。それでいいと思う。10年後にわたしあんたの作品が昔から素晴らしかったものだと言い伝えよう。売れるのに10年かかった理由はいいものを書くのに時間がかかったわけではない。時代があんたに追い付くのに10年かかっただけだと語り継ごう。


 10年後、あんたが死んでいても遺した作品だけは埋もれさせないよ。わたしがきちんと受け継いでいくから。


 わたしの方が永く生きていられればね。