1月18日

「出来た!」
 相方が珍しく大きな声を出すのでびびってしまった。どうした?なにが出来たんだ?
「あ~。長かった。結局構想から仕上がるまで4か月もかかったのか。ちょっと時間かかり過ぎだな。」


 ああ。毎日一生懸命書いている小説の話か。そう言えば今、最後の詰めの段階だって言っていたな。もう完成なのか?
「完成とはいえないけどな。まあ、一応形にはなった。もっともっと工夫するべき点とかはあるんだろうけど、それは今のオレのレベルでは難しいな。もっと本を読んで勉強しないとな。」
 本当に真面目だね。それに相変わらず自分にはお厳しい。どんなに努力を重ねて積み上げたものでも、決して相方は満足するということがない。達成感を感じたことがないと言っているくらいだからね。


 わたしも大概だけど、あんたはかなりのド変態だよ。達成感を感じないならいつ心が落ち着くんだい。
「別に心が落ち着く時間なんてたいしていらないよ。オレはものを書いているときが一番興奮しているから。心を落ち着かせるなんてもっと爺になってからでいい。」
 あっそ。じゃあ年中興奮しているわけだ。さすがド変態だね。でも、本当に達成感がないの?達成感がないのにそんな努力を続けられるの?
「大きな達成感はないよ。やらなきゃいけないこと、やりたいことが身の回りに溢れているんだから、そんなものに浸っている暇はない。でも寝る前に小さな達成感を感じて眠ることが出来ているのだから十分幸せだ。」


 そう言える相方が羨ましい。そうだね。あんたはいつだって自分の価値観だけは大切にしていきたもんね。誰かに褒められたり、認められたりすることを望んでいるんじゃないもんね。自分が納得出来ればそれでいいんだもんね。
 だけど、今日だけはわたしがお祝いしてあげるよ。たいしたことはなにも出来ないけどさ。


 立ち上がって背伸びをしている相方を後ろから抱き締めた。本当、このくらいしかしてあげられることはないんだよ。


「英奈。ごめんな。」
わたしの手を握り締めて相方は言った。
なに?なんかわたしに謝ることなんてあるのか。
「オレがまともな仕事をしていれば、毎日旨いもの食わせてやれるのにな。お前に似合う服をたくさん買ってやれるのにな。情けない思いをさせて悪いな。」


 バカだね。わたしはそんなもの望んでなんかいないよ。それに昔は散々わたしに贅沢させてくれたじゃないか。あんたがエリートだったときに。
 あんたは自分の意思でエリートの道から外れたんだろう。道のない荒野を歩くことを選んだんだろう。それにまたあんたは一番になる日が来るさ。誰も走っていない方向にひとりで走っているんだもん。時代があんたの方を向いたときにはもう誰も追いつけない場所まで辿り着いているさ。


 そう。この男も昔は立派なスーツを着て、いい車に乗って、いい女を連れていい酒を飲んでいた。でも、失くしてしまったものはたかだかそれだけじゃないか。


 大切なものはなにもなくしていないよ。わたしのほうこそ悪いね。でっかい荷物を抱えさせてしまって。


 でかい荷物を背負っている背中はでかかった。ここなら、いくらわたしでも堕ちてしまうことはない。安心していられる場所がある。だからわたしは幸せだよ。

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