3月17日
わたしの日常で現在一番大切なことは相方の描く恋愛小説の手伝いをすることだ。わたしからなにかを欲しがらなくても相方がなんでも与えてくれる状態が続いている。
果たしてそれでよいのだろうか。犬だって餌が欲しくなれば主人におねだりをするものだ。わたしはそれすらしていない。犬畜生以下の自己実現の努力しかしていない。
だから、せめて恋愛小説のあらすじだけでも聞いてみた。全部語ってくれなくてもいい。今、相方が書いているEpisodeの概要だけでも教えてくれまいか。
相方はわたしの方に向き直り、煙草を吸いながらゆっくりと話始めた。
男の主人公龍平と女の主人公姫奈はふたりが所属する文藝倶楽部の夏合宿に参加しているのだ。合宿の最終日には各々好みの本について論評をする機会を与えられるという。姫奈の提案によりふたりは羅生門という小説について論じることに決めた。ふたりが同じ本について論じるということは、その出来を比べられることになるので龍平はそれを怖れていた。ですから、ふたりは論評の切り口だけでも異なるものにしようと相談した。
姫奈は羅生門の主人公である下人をエゴイストであると説くという。それならば、龍平は下人が善であるか悪であるかという視点で論じるということに決めた。
姫奈は龍平が論じようとする話にダメだしばかりをする。姫奈の前で体裁を良くしたい龍平はその都度、姫奈の期待に応えられるような話が出来るように骨を折る。
論評会の当日。先に壇上に立つのは姫奈であった。
姫奈が口にするのは、事前に龍平と約束していた内容とは全く異なり、龍平が築き上げてきた論理を堂々と自分のものであるかのように語るのだという。
そこから先のあらすじはまだ、わたしに聞く資格はない。
やるべきことが明らかになったのだから。
まことに物語というものはおもしろい。
わたしの理解も想像も超えた出来事が平然と行われるのだから。