2月3日


「いいじゃん。これ。」
 相方がわたしの書いたコラムを読んで笑ってくれた。こんなことは滅多にない。嬉しいという感情より先にホッとしたというのが素直なところだ。


 たった1日で書いたものだったし、テーマも「数学の楽しさ」なんて偏ったものに設定してしまったから自信はなかった。相方はほとんど修正しないでわたしの書いた原稿を依頼主にメールで送った。


 相方はメールを送った後も何度もわたしの原稿を読み直していた。やはりどこか気になるところはあるのだろう。だが締切の都合で原稿を送ることを優先したのだろう。相方は、文章に関しては自分には当然、わたしにも妥協は許さない。


「英奈も一皮剥けたな。」
 小さな声だったけど、確かにそう言ってくれた。耳を疑う。相方は滅多にわたしを褒めることがない。文章にかかわることなら尚更だ。
「文章を書くのは楽しいか?」
 うん。嫌いじゃない。いいや、楽しいよ。わたしの書いた文章を読んで、感心してくれる人がいる。笑ってくれる人がいる。考えてくれる人がいる。
 それはただ文章に向き合ってくれるから、そういう有難い結果になっているのだ。文章に書いた内容をわたしの口から話しても誰も聞いてはくれないのはよく分かっている。文章は醜悪なわたしの姿を覆ってくれる。だからわたしも自信を持って好きなことが書けるのだ。わたしに与えられた最高で唯一のコミュニケーションなのだ。


「もっと楽しいことを書いてみないか?」
 もっと楽しいこと?一体なんのことだろう。相方が与えたテーマでコラムを書くということだろうか。違うな。相方は常々何を書くということを考えることも物書きには大切な仕事だと言っている。なんだろう?わたしになにを書けというのか。


「明日は退院日だ。詳しいことは家に帰ってから話すよ。もう、夕食の時間だ。今日はもう帰れ。部屋の掃除でもしておいてくれよ。」


 不思議だろう。こういうときわたしは不安を感じない。感じないと言えば嘘になるか。小さな不安を感じたとしてもすぐにそれを摘み取って捨てることが出来る。相方についていけば間違いはないのだ。行けと言われた道は険しいことも、恐いことも、苦しいこともたくさんあるけれど。ただ、間違った道ではないのは確かだ。


 なんだか今回は特別な道になりそうだ。およそ2年前に小さなアパートで一緒に暮らそうと言われたとき以来のわたしの運命の分岐点になりそうな気がする。

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