2月7日

「小説を共作するのっていったいどうしたらいいの?」
 そんな話を相方から持ちかけられたが、一向に具体的な話を切り出してこないので、わたしから思い切って聞いてみることにした。


「ネームは大体出来ているんだ。」
 そういって相方は私にA4用紙20枚くらいのネームを手渡した。
 多分これで出来上がりではないのだろう。相方は10万字を超えるような長編小説を書くときは大体ネームを40枚くらい作る。文字数にしたら5万字くらいだ。本編の半分近くの文字数をネームの段階で作り上げてくる。


 ネームには主な登場人物の性格や特徴。それに身長や体重などの細かい設定も決めてくる。あとは髪型とか、口癖とかね。とにかく細かい設定を決めて書き込む。もちろん、そんな設定の全てを小説内で公開することはない。ただ、相方の頭の中でキャラクターの姿を描くためだけにそんな細かい設定まで書き下ろされるのだ。
 相方曰く、ある程度キャラクターの容姿や性格や思想を設定してしまえば、後は彼らが小説内で勝手に動き出すのだという。
 キャラクターの設定というのはそこまで大事なものらしい。それ次第で、ストーリーが面白くなるのか、つまらなくなるのかまで決まってしまうらしい。


「わたしはなにをすればいいの?」
「もう少しキャラクターの個性練って欲しい。それぞれがどんな思想を持っていて、どんなことを考えて日常を過ごしているのかを設定して欲しい。」


 相方の作ったネームの主人公設定に目を通した。
 中馬 姫奈。身長 155cm。体重 47㎏。髪型は高い位置で結んだポニーテール。やや巻き髪のくせ毛。Cカップ。
「生と死」というものを常に頭の片隅においている。自分はいつ死ねばよいのか、なにを為したら死んでもよいのかを考えている。
常に日常に対して不安を抱いている。しかし、なに対して不安であり、何故不安であるのかは姫奈自身も理解していない。芥川龍之介の「僕の将来に対する唯ぼんやりした不安」という言葉を好んで使う。
数学が得意。現に他大学の数学科にも合格している。数学に興味を持つのは芥川龍之介の影響。同様に体を鍛えることにも勤勉である。
性に対してやや貪欲。
 これはあくまでほんの一部だ。この他に姫奈が好んで使う台詞や、思想や考え方などがA4用紙8枚くらいに渡って書き込まれている。


 ネームとはここまで細部に至るまで練り込むものなのか。


「主人公の姫奈のイメージはなんとなく分かるだろう。後はそれをもっと詰めて欲しい。姫奈だけではなく他のキャラクターについてもだ。」


 なんとなくこの姫奈という主人公はわたしに似ている気がする。こういう人間ならイメージも膨らませることはわたしにも出来るかもしれない。
 相方も少しはわたしを意識して姫奈のキャラクターを作ったようだ。


「なんとなく姫奈は英奈に似ているところがあるだろう。性に対してただ少し貪欲だという以外は。」
 うん。確かに似ている。そういえば身長も体重もわたしと姫奈はそっくりだ。これで少し性欲が弱ければそのままわたしになるかもしれない。多分、相方はそれを望まないのだろう。もっと姫奈を個性的なキャラクターにしたいのだろう。ね。そうだよね。わたしは相方に確認した。
「まあ、そうだけど。でもお前なんか勘違いしてんちゃうん?姫奈が性に少し貪欲なら、お前は性に強欲だろう。」


 バカ言ってんじゃないよ!
 わたしがそんな風に映るのなら、それはあんたが性に強欲すぎるからだ。あんたに合わせているから、こんな女になってしまうんだよ。


「お前から異常な性欲を引き算したら中馬 姫奈になったんだよ。」


 むかつく。そんなにわたしにキャラクターの色付けをさせたいなら、中馬 姫奈をとんでもないスケベ女にしあげてやる。ついでに姫奈の恋人の龍平という男もド変態に仕立てあげてやる。この小説を完全な官能小説に持っていってやる。


 まだ、わたしは小説のネーム、キャラクター設定というものを甘く見ていた。これから地獄にいるかのようにのた打ち回ることになるのだ。まだ、そんなことは微塵も気付いていなかった。

×

非ログインユーザーとして返信する