1月9日

「これで昼飯適当に買ってきて。」
 2千円を差し出して相方は言った。今日はどうやら集中出来ているようだ。この男の凄いところは一度集中してしまうとタバコを吸う以外はひとつのものごとにのめり込むことが出来るんだ。多分わたしが弁当を買ってきても、口にするのは夕方だろう。食べればまだマシで、弁当の存在すら忘れることがある。だから、相方の弁当は決して温めて持ち帰ってはいけないのだ。
 だけど、時々せっかく気を使って冷えた弁当を買って帰ると、なんで温めてこないんだと怒られることもある。集中が切れてしまったときだね。まあ、面倒くさいんだわ。


 集中しているはずだから、自分は別になにか食べたいわけではないんだよね。ただ、わたしのことを気にかけてくれているんだ。
「お前のことを考えないときはない。」
 昔そう言ってくれたが、それは本当だったんだなあ。


 相方の弁当を買いに行くと言うことは思っている以上に面倒くさいことなのだ。
 相方とわたしは考えが一致しないことがしばしばある。
 以前、相方に金を渡されて弁当を買ってこいといわれたのだが、相方の希望はカレーであった。しかも、野菜のたっぷり入ったカレーとか、海鮮カレーみたいなものはいらない。なにも入っていない普通のカレーを買ってこいと言われた。


 コンビニに行ってカレーのコーナーを見て愕然とした。今の世の中、各メーカーが様々な工夫を凝らしたカレー弁当を作っている。なにも入っていないカレーなど陳列されてはいないのだ。仕方がないので、見た目が一番シンプルなカレー弁当を買って帰った。しかし、そのカレー弁当もどうやらなにかがふんだんに入っている豪華な弁当だった。また相方になにか文句を言われるのかなあと思うと帰り道の足取りは重かった。


 部屋に戻って相方にカレー弁当を渡したが、わたしは相方の言いつけを守れなかった罪悪感に身を包まされていた。
 しかし、意外なことに相方はとても上機嫌で弁当を受け取った。
 食べた後に文句を言われるのが嫌なのでわたしはそれを相方に手渡してからすぐに事実を告白した。
「ごめん。なにも入っていないカレーは見つからなかった。だけど、それで勘弁してくれるかな。」
 相方に手渡したのは「コクと旨味のたっぷり入ったカレー」だった。わたしの不安な気持ちとは全く反対の言葉を相方は口にした。
「アホか。コクと旨味は入っているにこしたことはないねん。入っていてなんの問題もあるかいな。」
 分からない。だってあんたはなにも入っていないカレーがいいと言っていたじゃないか。なんでコクと旨味は入っていても許されるの?


 あなたならきっとわたしの言い分を分かってくれるだろう。わたしが言いつけを守ろうとする素直な女で、相方がときに言うことがコロコロ変わる気難しい男だと言うことが。


 本当に面倒くさい男だ。だったら最初からコクと旨味以外にはなにも入っていないカレーが食べたいと言えばいいのに。


 コンビニのカレーコーナーに「一流ホテルで出されるカレー」というのが売っていたので、これを相方に買っていくことにした。
 これで、もしも
「アホか。オレは懐かしいお母さんの手作りカレーが食いたいねん。」
と言われたらもう仕方がない。実家にでもなんでも返ってもらうしかない。


「一流ホテルで出されるカレー」があまりに美味そうだったのでわたしもそれを食べることにした。ひとつはレンジで温めてもらって、ひとつは冷えたまま持ち帰った。


なぜわたしは人と同じものを食べたがるのだろう。


人の食べているものが自分のものより美味そうに見えるのが悔しいからかもしれない。
そんなくだらないことでさえ負けず嫌いなのかもしれない。

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