1月14日

「英奈。」
 人に名前を呼ばれるとビクッとしてしまうのはわたしだけの特性なのだろうか。わたしは人に名前を呼ばれることが怖い。いや、正確には相方に名前で呼ばれることが怖いのだ。相方は普段はあまりわたしの名前を呼んだりしない。名前を呼ぶときはなにかわたしに言いたいことや伝えたいことがあるときだけだ。だから相方に名前を呼ばれると背筋が伸びる感じがする。相方以外の人間に名前を呼ばれても同じような反応をしてしまう。相方のことを思い出すからだ。


 前にも言ったが、うちの相方は怖い。こんなに怖い人間を他には知らない。なにがそんなに怖いのかというと決して自分というものを曲げないからだ。自分が正しいと思ったらそれを貫き通す。その姿勢は異常だ。社会のルールは平気で破るくせに、自分の決めたルールというものは決して破らない。自分の決めたことが絶対に正しく、それに従うことが自分のやるべきことだと信じて疑わない。


 決して自分に妥協しないといえば響きはいいかもしれないが、それを邪魔するものも決して許さないのだ。


 相方がわたしの名を呼ぶときは、彼のスイッチがONになっているときだけ。だから、名前を呼ばれると思わず背筋が凍るのだ。
「英奈。お前なんか勘違いしとるんと違うか。」
 怖い。わたしがなにをしたというのだろうか。自分で心当たりがあるのならこんなに震えたりはしない。わたしでは感じ取れないなにかを指摘されるから、こんなに胸が痛くなるのだ。
「そんなに温い時間を過ごしてばかりいて、いいものが書けると思っているんか。」
 そんなにわたしはぬるま湯に浸かっているように見えたのだろうか。自分では気が付かないけど、この人がいうのならそれで間違いないのだろう。
「ごめんなさい。」


 自分で自分を律するというのは思っている以上に難しく、厳しいことなのだ。誰だって自分には甘くなる。このくらいでいいだろうと自分のハードルを低くする。
 相方にはそういう部分がほとんど見当たらない。いつもいつも自分を追い込んでいる。だから、毎日のようにゲロを吐いたりする。自分に満足する日はほとんどないという。そんな人生気持ちのいい人生といえるのだろうか。幸せな人生を歩んでいると言えるのだろうか。


 わたしには未だに分からない世界だけど、わたしの送っている日常は幸せで満足のいくものではないことくらいは理解している。

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