「好きにしていいことと、なんでもいいことは全く違う。」
言われてから気が付いたが、前にも同じようなことを言われたな。
少し悔しかった。
だけど今度は書いたものを破られたりはしなかった。本人が意識しているかどうかは分からないけれど、昨日書いたものは根本から間違っていて、今日書いたものはまだ修正すれば使えるものだと相方は判断したのだろう。
愛ってなんだろう。
わたしは先日、相方には恋愛感情は持っていないといったが、愛してはいる。息子のことも葵ちゃんのことも。愛する人はいるけど、なにをもって愛しているのかは言葉に出来ない。そうだよ。愛って言葉に出来るものじゃないんじゃないのか。
だけど、愛を語ろうと思ったのはわたし自身だったね。
本当に言葉にしなければならないのは、欲と快楽と性だったんだけど、それを言葉で言い表すのは難しいから愛という言葉からアプローチしようと考えたのは他人じゃなくて、わたしなんだ。
だけど、愛について考えれば考えるほどそれは欲とか快楽とは遠ざかっていく気がした。愛しているから欲も湧いてくるし、欲を満たせば快楽に繋がると思っていた。多分、欲と快楽の関係性は間違っていないと思う。欲というものが入り口で出口が快楽であるとは思っている。だけど、それらを愛という糸で結びつけるのは簡単なことではなかった。
欲も快楽も性も愛で括ることが出来ると思っていたけど、そもそもそれが間違いなのかもしれない。
中馬 姫奈の愛というものだけを考えるから難しいのかな。一般的には愛というものはどんなものなのだろう。
Wikiなどを使って愛という言葉の意味を調べてみたけれど全然、頭に入ってこない。だけどこれは乗り越えなくてはならない壁のような気がした。
小説などの登場人物はわたしの小さな脳に収まっているものだけでは作り上げられないものなのだと感じた。わたしなんかの知恵や能力や経験だけではどうしたって物足りない。
わたしは姫奈を自分の中から造りだそうと思っていたけど、それがそもそもの間違いだったんだ。
姫奈はわたしと違って賢い女であって欲しい。だから、わたしはもっと勉強しなくては。
愛とはなにか?
知っている人がいたとしてもわたしにはまだ内緒にしておいて貰いたい。
先ずは姫奈の口からその答えを聞き出したいものだからね。