1月6日

 結局昨日の夜もたくさん相方と愛し合った。
 朝起きたときも、また相方に押し倒された。中々こんなに元気な40歳というのもいないではないだろうか。お互いの気持ちを十分確かめ合った後にベッドの中で相方に聞いてみた。
「わたしは今でも輝いている?」


「お前は自分を輝かせる才能を持っている。」
 まだ出会って間もない頃、相方に言われた言葉だ。スポーツの才能、勉強の才能、仕事の才能。色んな才能がある中に自分を輝かせるための才能というものがあるなんて当然知らなかった。そもそも自分を輝かせるとはどういうことなのか、まるで分かっていなかった。
 当時、まだ19歳だったわたしは暗くて黒い世界の中に住んでいた。男に囲われ、その男の経営するデリヘルで働いていた。毎日、毎日知らない男のアレをしゃぶって生きていた。金次第で本番までヤラせることもあった。
 金だけは腐るほど持っていた。だけど、その殆どを酒とホストで食潰した。後は賭博。今でもたまにやるようなパチンコなどとは全く異なる本当のギャンブル。一日で百万単位の金が動く、頭の中のネジを飛ばした狂った人間ではないととてもじゃないが手が出せない賭博だった。賭けているのは金だけじゃなかった。自分の命そのものBETしていた。


 そんな世界に住んでいるわたしは出来るだけ暗くて黒い人間になるように強く心掛けていた。黒というのは不思議な色で、他の色と混じりあっても新しい色を作り出すことはない。ただ、他の色を飲み込んで塗り潰してしまうんだ。わたしが黒以外の色を放っても黒い世界に塗り潰されるだけなのだ。だから、わたしは誰よりも純な黒を目指した。


 ただ、この世には光というものがあることも分かっていた。わたしの息子とこないだ話した1つ年上の葵ちゃん。このふたつの光はどんなに暗い場所でも輝きは失せない。それどころか、暗い場所の中でこそ眩しく輝くのだ。


「お前は自分を輝かせる才能を持っている。」
 それだけ言って立ち去った男の背中は光り輝いてはいなかったが、真っ赤に染まっていた。多分、あの背中は黒では塗り潰すことは出来ない。そう感じた。色々な色を持つ人間を見てきたが、あんなに強い真っ赤は見たことがなかった。わたしの方が塗り潰されてしまうだろうと直感した。


 相方の背中に手を当てて、わたしはもう一度問い掛けた。
「輝けているのかな。」


「輝いているさ。オレはお前の輝きで明るい日常を過ごすことが出来ているのだから。」


 昨日も今日も相方とくっついて暮らしているおかげで幸せな気分というものは味わえた。パチンコで7万負けてもいいことはあった。あの7万があれば多分どこかでしょうもない遊びをしていただけなのだろうから。
 金では買えない時間を過ごすことが出来た。


 また明日からいつもの日常というものが始まるんだ。いい正月だったと今になってはそう思う。

1月5日

 あまりにも暇だからSEXばかりをして一日過ごした。わたしも相方もSEXは好きだ。
わたしは特にこの男に抱かれることが好きで仕方ない。
 SEXするときの相方はものすごく魅力的に見える。顔もそうだし、その態度も。
いつもは優しさと温さが固まりになったような男だけど、それは本来この男が持っているものとは違っていた。
 強引で頑固で積極的で。そのうえどこかあぶない空気も纏っていた。反面どこか繊細であやうい一面も持っていた。
 ただ、最初はこの男の強さばかりに目が行っていた。あぶない感じもあやうい感じもまだ子供だったわたしには感じ取るが出来なかった。
 もう9年になるのか。この男と出会ってから。出会った時からこの男はずっとわたしのことを女扱いしてくれた。大人扱いしてくれた。そんなやつ、それまでわたしの身の周りには誰ひとりいなかったのに。
 いや。ひとりだけいたんだ。わたしより1つ年上の姉ちゃんみたいな存在が。その人がこの男を紹介してくれたんだ。きっと英奈の力になってくれる人だと言って。
 この男は出会った頃は本当にわたしのことを叱ってばかりいた。うざいと思っていたよ。形だけわたしを叱る男は他に何人もいたけど、この男だけは本気でわたしに向き合ってくれていると思うようになった。男のくせに女であるわたしの胸ぐらを掴んで、獣みたいな目でわたしをよく睨みつけてきた。平手で殴られたことも何度もあった。わたしも当然やり返した。そんなことは茶飯事だった。
 まずわたしに芽生えたのは恐怖だった。そのくらいこの男は怖かった。なにしろ本気なのだ。人の本気というものを初めて目にするわたしにはとてつもない圧力だった。それも並みの男の本気じゃない。根っこから強い男の本気というのはこの男以外から感じたことはない。
 その強い男とわたしは行動を共にすることが多くなった。別に恋愛なんかじゃない。魅かれてしまったのだ。そして、徐々にこの男が持つものの根源が恐怖でないことを知った。子供だったわたしにはそれを「愛情」としか言い表せなかった。
 そして長い時間をかけてその男の持つ色々な表情を知るようになった。知れば知るほどこの男はわたしの隣に座ってはいるものの、どこか遠い世界の人間だと感じるようになったのだ。


 わたしがこの男とSEXがしたいと思うのは、最近薄れ始めてきたこの男の本性を見たくなるからだ。


 一度見てしまえば癖になる。いくらでも眺めていたくなる。そんな表情をするのだ。
 寝る前にもう一度だけ求めてみよう。
 あなたの顔が見たいからと。

1月4日

 新年早々禁欲する生活を強いられることになった。暇で暇で仕方がない。だから一日中読書をして過ごすことにした。
 わたしは中学までしか出ていないし、元から頭は悪いのだけど読書というものだけは嫌いではない。
 頭が悪すぎるから、今まで読んだ本でなにが面白かったと聞かれても、どんな著者が好きなのかと聞かれても覚えていないんだけど。
 うちの本棚にはたくさんの文庫本が並んでいる。でも、わたしが読むのはその中のほんの一部だけだ。好きな本は何回でも読み返せるし、気に入らない本は途中までしか読まないまま本棚に並べられている。


 わたしが本を好きになったのは相方の影響が大きい。相方はわたしと出会った頃から色んな本をわたしに読めとすすめてきた。
 国語の教科書ですらまともに読めなかったわたしには苦痛でしかなかったが、何年かしてから少しずつ本を読むようになると、なるほどこれは面白いと思うようになった。


 わたしの相方は定職についていない。小説家になるのが夢らしく毎日本を読んだり、パソコンに向かってなにかをひたすらに書き続けている。
 もう40歳にもなるのだが、人生の折り返し地点まで来たんだから最後に一度だけ真剣になりたいものを目指したいと言って、去年の2月頃に仕事を辞めて今の生活を送っている。


 人生に折り返しなんてあるのか。ずっと前だけを見て進んでいくしかないんじゃないのか。40歳にもなってそんなことも分かっていないやつが面白い小説なんか書けるわけがないと最初は思っていた。
 しかし、夏になり彼が書きあげた処女作を読んでみて、これは意外と面白いもんだと思った。このまま努力を続ければもしかしたら、5年10年先には明るい未来があるのかもしれない。そこまで努力を続けていく覚悟を持っているのかどうかはしらないけど。


 煙草もろくに吸えないからイライラした一日だった。早く給料日にならないと頭がおかしくなってしまう。ああ、あたまがおかしいからこんなに貧しい暮らしをしているんだっけ。
 売りでもやろうか。そんなことが頭を過ったがパソコンの前に真剣な顔で座っている相方を見たら、もうそんなことには手を出すのは止めておこうと思った。

1月3日

 正月というのは退屈なものだ。やることがない。やることがないのはいつものことだけど、なぜか正月というものは働いてはいけない期間の様な気がする。余りにも暇だからパチンコでも行くことにした。


 結果7万も負けた。知ってはいたけどわたしは馬鹿だ。正月のパチンコなんか出るはずがないんだ。放っておいても客が寄りつくのだから、いい台なんかあるわけがない。しばらくはろくな食事も出来ないだろう。食事は別にいいのだが、煙草が吸えなくなるのはキツイ。今日のパチンコだって辞めるタイミングはなんどもあったはず。だけど、ズルズルと打ち続けてこんなに悲惨な目に遭ったのだ。自分で選んだ道なのだから仕方がないけど、つくづく自分というものが嫌になる。


 ほどほどというものを知らないのだ。手元に2,3万残しても仕方がないと思ってしまう。それならば全財産突っ込んででも今日の負け分くらいは取り返したいと意地になる。自分のことを自分でコントロール出来ないわたしはクズなのだろう。


 ああ。明日からどうやって生きていけばいいのだろう。相方に金を借りるのは嫌だ。パチンコで負けたから金を貸してくれなんて死んでも言えない。クズのわたしにだって意地くらいある。日雇いのバイトでもして金を作るしかないな。


 今年も正月からろくなことがない。どうせろくでもない一年になるのだろう。まだ、年が明けて3日しかたっていないけど、もう分かったよ。
 くだらない一年をどうやって乗り切ろうか。今から頭が痛くて仕方がない。


 ああ。これからしばらくはウジウジと後悔するだけの時間が続くのだろう。パチンコに金を突っ込んでいる時間よりそのウジウジとした時間の方がよっぽど辛い。
 出来ることなら誰かにこの気持ちを取り払ってもらいたいものなのだがそんなことは不可能なことくらい馬鹿なわたしでも知っている。


 だから、なにもいいことがないくてもいいから早くこの気持ちを晴らせるだけの時間が過ぎ去って欲しい。

1月2日

「ママ。」
 この声を聞くと正月もいいもんだなと思う。
 最近ではなにか逢う理由がないとなかなか息子にも逢えないから。


 ちょっと見ない間にまた大きくなったな。もうとっくにわたしの身長を追い抜いている。
わたしが15のときに産んだんだからもう13歳になるのか。年月が流れるのは早いもんだ。
息子と逢えるのは嬉しいけどやっぱり自分の親とは会いたくない。息子が産まれてすぐにこの家を追い出されたんだ。母親になる資格はないって。
「今どこに住んでいるの?」
「今なにをしているの?」
家族というものは不思議なものだ。言葉に出して聞かれなくても、プレッシャーは伝わってくる。それだけで十分過ぎるほど息苦しい。
 いつからこんなに両親が鬱陶しいものになったのだろう。ちゃんと優しかったころの記憶はあるんだけど。なにがきっかけでわたしはもう子供扱いしてもらえなくなったのだろう。
悪いけどあなた達が気にしていることには、なにも答えるつもりはないから。
これから弟もここへやって来るという。無理だ。会う気もしない。おやじとおかんの顔を見ただけでゲロでも吐き出しそうなのに。


 息子とふたりでファミレスでご飯を食べた。ふたり揃ってハンバーグセットを頼んだ。それとフライドポテトの大盛りを分け合って食べた。
 いつもわたしは息子と同じ料理を注文する。なぜかは分からないけど。


 息子との別れ際にほんの少しだけどお年玉を渡した。5千円だけ。中学1年生にしてみたら大して大きな金額でもないだろう。
 このときだけは金というものを持っていない自分を呪った。毎日、同じようなインスタント食品ばかりを食べているときには気にもならないのだけれど。


 今度はいつ逢えるだろう。早く逢いたいとも思うし、しばらくは放っておいてくれという気にもなる。
 わたしはもう、あなたが幸せである為に必要なピースではないことは分かっているのだから。